認知症と漢方:効果や種類、副作用をわかりやすく解説

認知症と漢方:効果や種類、副作用をわかりやすく解説 漢方

認知症の治療において、漢方薬は症状の改善、特に周辺症状の緩和を目的として用いられることがあります。
漢方薬は、物忘れなどの中核症状を完治させるものではありませんが、興奮や不安、不眠といった行動・心理症状を穏やかにすることで、ご本人やご家族の負担を軽減する効果が期待されています。

体全体のバランスを整えることで心身の状態を安定させ、結果として認知機能の維持につながるケースも報告されており、西洋薬を補完する治療の選択肢として注目されています。

認知症の周辺症状に漢方薬が用いられる理由

認知症において漢方薬が注目されるのは、特に周辺症状(BPSD)への効果が期待されているためです。
周辺症状には、暴言や暴力、興奮、妄想、徘徊、不眠などがあり、これらはご本人だけでなく介護者の大きな負担となります。

西洋薬では鎮静作用が強く出てしまい、ふらつきや意欲低下につながることがありますが、漢方薬は心身のバランスを整えることで、症状を穏やかに改善する働きがあります。
体力が低下している高齢者にも比較的使いやすい処方が多く、個々の体質や症状に合わせてきめ細やかな対応が可能な点も、漢方薬が選ばれる理由の一つです。

漢方医学が考える認知症の3つの原因

漢方医学では、認知症を脳だけの問題と捉えず、全身のバランスの乱れが原因で起こると考えます。
その主な原因として「瘀血(おけつ)」「腎虚(じんきょ)」「気滞(きたい)」という3つの状態が挙げられます。

これらはそれぞれ血の滞り、生命エネルギーの不足、精神的ストレスによる気の滞りを示しており、相互に関連し合って症状を複雑化させます。
例えば、気の巡りが悪くなると、うつや不安といった精神症状を引き起こし、認知症の症状をさらに悪化させる一因となることもあります。

血の巡りの滞りが引き起こす「瘀血(おけつ)」

瘀血(おけつ)とは、血(けつ)の流れが滞り、粘り気が増してドロドロになった状態を指す漢方医学の考え方です。
全身の血行不良は脳への酸素や栄養の供給を妨げ、脳機能の低下や老廃物の蓄積を招きます。
特に、脳梗塞や脳出血の後遺症が原因となる血管性認知症では、この瘀血が深く関わっていると考えられています。

瘀血の状態になると、物忘れや思考力の低下だけでなく、頭痛、肩こり、手足のしびれといった身体症状が現れやすくなります。
また、顔色がくすんだり、唇が紫色になったり、シミやあざができやすくなったりするのも特徴的なサインです。
漢方では、血の巡りを良くする駆瘀血剤を用いて滞りを解消し、脳機能の維持・改善を目指します。

加齢による生命力の低下「腎虚(じんきょ)」

漢方医学における「腎」は、西洋医学の腎臓とは異なり、成長や発育、生殖、老化などをつかさどる生命エネルギーの源と考えられています。
「腎虚」とは、加齢に伴ってこの「腎」の働きが衰えた状態のことです。
腎虚になると、足腰が弱る、耳が遠くなる、頻尿、白髪、そして物忘れといった、いわゆる老化現象が顕著に現れます。
気力や体力が低下し、疲れやすくなるのも腎虚の典型的な症状です。

認知症においても、この生命エネルギーの低下が根底にあると考えられるケースは少なくありません。
治療では、「補中益気湯」に代表されるような、気を補い、腎の働きを助ける漢方薬を用いて全身の機能を高め、症状の改善を図ります。

精神的なストレスが影響する「気滞(きたい)」

気滞とは、生命活動の根源的なエネルギーである気の流れが、精神的なストレスなどによってスムーズに巡らなくなった状態を指します。
気の流れが滞ると、自律神経のバランスが乱れ、精神的に不安定になりやすくなります。
その結果、イライラや怒りっぽさ、気分の落ち込み、不安感、不眠といった症状が現れます。
のどに何かが詰まったような異物感(梅核気)や、お腹の張りなども気滞の代表的なサインです。

認知症に見られる周辺症状、例えば急に興奮したり、攻撃的になったり、抑うつ的になったりするのは、この気滞が原因の一つと考えられています。
漢方治療では、気の巡りを改善する生薬を用い、精神状態を安定させることを目指します。

【症状別】認知症の治療で使われる代表的な漢方薬

認知症の治療に用いられる漢方薬は、一つの処方が全ての症状に効くわけではなく、ご本人の体質(証)や、現れている症状に合わせて慎重に選ばれます。
物忘れなどの中核症状の進行を緩やかにすることを目指す漢方薬から、イライラや興奮、不眠、食欲不振といった多様な周辺症状に対応する漢方薬まで、その種類は多岐にわたります。

ここでは、実際の医療現場で認知症の症状改善を目的として頻繁に使用される代表的な漢方薬をいくつか紹介し、それぞれの特徴とどのような症状に適しているかを解説します。

イライラや興奮を鎮める「抑肝散(よくかんさん)」

抑肝散は、神経の高ぶりを鎮め、筋肉の緊張を緩和する作用があり、認知症の周辺症状に対して最もよく使われる漢方薬の一つです。
特に、理由もなくイライラする、怒りっぽい、興奮して大声を出すといった攻撃的な症状の緩和に効果が期待されます。
もともとは子どもの夜泣きや癇癪に用いられてきた漢方薬ですが、現在では高齢者のせん妄や不眠、幻覚、妄想といった精神症状にも広く応用されています。

体力が低下している虚弱な体質の人にも比較的使いやすいのが特徴で、神経過敏な状態を穏やかにすることで、ご本人と介護者の双方の負担を軽減します。
西洋の向精神薬に比べて、ふらつきや眠気といった副作用が少ない点もメリットとされています。

攻撃性や不眠を和らげる「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」

抑肝散加陳皮半夏は、その名の通り、抑肝散に陳皮と半夏という生薬を加えた漢方薬です。
抑肝散が持つ神経の高ぶりを鎮める効果に加えて、陳皮と半夏が胃腸の働きを整え、吐き気や食欲不振を改善する働きをします。
そのため、イライラや攻撃性、不眠といった精神症状があり、なおかつ胃腸が弱く、食が細い、胃もたれしやすいといった消化器系の問題を抱えている方に適しています。

抑肝散の服用で胃腸の不調を訴える場合に、こちらの漢方薬に切り替えることもあります。
精神的な安定を図りながら、消化機能をサポートすることで、心身両面から全身状態の改善を目指せる点が大きな特徴です。

気力や体力の低下を補う「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」

人参養栄湯は、病後や手術後などで著しく体力が消耗した状態の回復に用いられる代表的な「補剤」です。
気力(エネルギー)と血(栄養)の両方を補うことで、全身の栄養状態を改善し、活力を取り戻す働きがあります。

認知症においては、無気力でぼんやりしている、食欲がない、疲れやすい、抑うつ的になっているなど、心身の衰弱が目立つ場合に用いられます。
また、貧血気味で顔色が悪い、手足が冷える、寝汗をかくといった症状を伴うケースにも適しています。
人参養栄湯は、身体的な衰えを補うことで精神的な活力を引き出し、認知機能の低下に対しても間接的に良い影響を与えることが期待される漢方薬です。

朝方の頭痛やめまいを改善する「釣藤散(ちょうとうさん)」

釣藤散は、中年期以降で高血圧の傾向がある方の、慢性的な頭痛やめまいに用いられる漢方薬です。
特に、朝起きた時に頭が重い、めまいがするといった症状に効果的とされています。
脳の血流を改善し、精神的な緊張や興奮を鎮める作用があるため、認知症に伴うイライラや不眠といった症状の緩和にも応用されます。

神経質で、些細なことが気になってしまうタイプの人の精神安定にも寄与します。
高血圧が背景にある脳血管性の認知症において、症状の進行抑制や周辺症状の改善を目的として使用されることがあります。
頭部の不快な症状を和らげることで、日中の活動性を高める効果も期待できます。

のぼせや不眠に効果が期待できる「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」

黄連解毒湯は、体にこもった余分な熱や炎症を強力に冷ます作用を持つ漢方薬です。
比較的体力があり、のぼせやすく顔が赤い、イライラして落ち着かない、興奮しやすい、動悸がする、不眠といった「熱」の症状が強い場合に適しています。
認知症においては、特に興奮状態が強く、攻撃的な言動が見られるようなケースで、精神的な高ぶりを鎮める目的で用いられることがあります。

高血圧の傾向があり、赤ら顔で体力のある方の不眠や精神不安にも効果が期待されます。
ただし、体を冷やす作用が強いため、胃腸が弱い方や体力が低下している方には不向きな場合が多く、体質を慎重に見極めて使用する必要があります。

漢方薬を服用する前に確認すべき注意点

漢方薬は自然の生薬から作られているため、西洋薬と比較して副作用が少ないというイメージを持たれがちです。
しかし、漢方薬も効果を持つ医薬品である以上、体質に合わなかったり、誤った使い方をしたりすれば、予期せぬ副作用を引き起こす可能性があります。

また、他の薬との飲み合わせによっては、効果が強く出すぎたり、逆に弱まったりすることもあります。
安全に漢方治療を進めるためには、服用を始める前にいくつかの重要な注意点を理解し、専門家のアドバイスに従うことが不可欠です。

漢方薬でも副作用が起こる可能性

漢方薬は安全というイメージがありますが、医薬品であるため副作用のリスクは存在します。
例えば、多くの漢方薬に含まれる甘草を長期にわたって服用すると、偽アルドステロン症という副作用が起こることがあります。
これは、血圧の上昇やむくみ、手足の脱力感、低カリウム血症などを引き起こす状態です。

また、胃腸が弱い人が地黄を含む漢方薬を服用すると、胃もたれや下痢などの消化器症状が出ることがあります。
その他にも、皮膚の発疹やかゆみといったアレルギー症状や、ごく稀に間質性肺炎などの重篤な副作用も報告されています。
服用後にいつもと違う体調の変化を感じた場合は、すぐに服用を中止し、処方した医師や漢方薬を選んだ薬剤師に相談することが必要です。

自己判断で服用せず専門家へ相談すること

漢方薬の効果を最大限に引き出すためには、個々の体質や症状に合った「証」を見極めることが非常に重要です。
同じ認知症という診断でも、体力のある人とない人、冷え性の人と暑がりの人では、適した漢方薬が全く異なります。
そのため、テレビや雑誌の情報だけを頼りに市販薬を自己判断で購入したり、他人に処方された薬を服用したりすることは大変危険です。
必ず漢方に詳しい医師や薬剤師といった専門家に相談した上で、自分の状態に最適な漢方薬を選薬してもらうようにしてください。

また、現在服用している西洋薬がある場合は、飲み合わせの問題を確認するためにも、必ずお薬手帳などを持参して情報を正確に伝えることが大切です。

まとめ

認知症の治療において、漢方薬は興奮や不眠といった周辺症状(BPSD)を緩和する有効な手段となり得ます。
漢方医学では、「瘀血」「腎虚」「気滞」といった独自の観点から心身の状態を評価し、個々の体質に合わせた処方で全体のバランスを整えることを目指します。
抑肝散や人参養栄湯などが代表的な漢方薬として知られており、現在ではツムラやクラシエなどの製薬会社から品質の安定した医療用漢方製剤が供給され、多くが保険適用となっています。

しかし、漢方薬にも副作用のリスクがあるため、自己判断での服用は絶対に避けるべきです。
認知症治療に漢方薬を取り入れる際は、必ず漢方に精通した医師や薬剤師に相談し、適切な指導のもとで服用を開始することが重要です。

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