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楽心コラム

◆健康新聞平成27年5月号より

〔「代表的日本人」内村鑑三氏著を読んで!〕

内村鑑三氏(1861~1930年)はこの書を、日清戦争さなかに出版されました。
日本人の特性とされがちな、盲目的な忠誠心や極端な愛国心とは別の、日本人のよい
特性を、世界に伝える一助となることが目的で、外国語で出版されています。
この中に紹介されている「二宮尊徳氏」(農民聖者)をご紹介します。
二宮金次郎、のちの尊徳は、小学校の校庭に背中にたき木を背負い本を
手にして読んでいる銅像でご存知のことと思います。
でも実際にはどんなことをされた方なのかをはっきりとは知りませんでした。
この本を読み、二宮尊徳氏の生き方のすばらしさに感心してしまいました。

『―――少年時代―――
二宮金次郎、のちの尊徳が生まれたのは1787年のことです。
父親は相模の国の小さな村の農民で、資産はほとんどありませんでしたが、
思いやり深く常にみんなのことを考えている人として、村人に知られていました。
尊徳は16才の時、二人の弟とともに孤児になってしまい、三兄弟は離ればなれになり、
長男の尊徳は、父方の伯父の家に引き取られます。
儒教の経典のひとつである「大学」を手に入れると、一日の仕事をすべて終えたあとの深夜、
こつこつと学んでいくことに没頭します。ところが、尊徳が書物を読んでいることをまもなく
知った伯父から貴重な油を使うとは何事かと、きつく叱られました。
尊徳は自分の油で灯りをともせるようになるまで、書物を読むのを断念します。

その次の春、川のほとりのだれのものでもないわずかな土地を開こんし、
菜種を蒔くと、休みはすべてこの自分の作物を育てることに費やしました。
一年たった頃、大きな袋いっぱいの菜種を手にします。
自分自身の手による成果であり、まじめに働いたほうびとして、
自然からじかに授かったものでした。尊徳はこの菜種を近くの油屋へ持っていき、
油と交換してもらいます。これで、伯父の油を使うことなく、ようやくまた書物が
読めると思うと、言いようもなくうれしくなりました。
そして夜中の読書をまた開始します。
しかし、伯父の言い分は、養っている以上、おまえの時間は伯父の時間であり、
書物を読むなどという何の得にもならないことをさせておく余裕などない、というものでした。
尊徳はここでもまた、伯父の言いつけに従い、田畑での一日の重労働を終えると
今度はむしろやわらじを編む作業に取りかかるようになりました。
この時以来書物を読むのは野山への行き帰りに行ないました。
家で使う薪や柴をとりに、野山へ毎日行かされていたのです。

あの菜種の経験から、まじめに働くことの価値を学んだ尊徳は、もっと大きな
何かを試してみたくなりました。
村には先頃の水害で沼地と化してしまったところがありました。
そこは休みの日を有益に使うことができる絶好の場と考えました。
水を汲み出し、底をならしてごく小さな田んぼづくりの準備をしました。
そこに、農民たちがふだん捨てていた余った苗を拾ってきては植え、
夏のあいだ丹念に手入れをしました。
その秋、1俵分(約60kg)の黄金色の稲が実りました。この米を元手に尊徳は
その波乱に富む人生を歩み始めます。まじめにこつこつ働く者に自然はきちんと
応えてくれるということを学んでいましたから、のちに行うことになる改革はすべて
「自然はその法に従う者に豊かに報いてくれる」という、この純然たる信条に基づいていました。

数年後、尊徳は伯父の家を出ます。村のどこかで無用の廃田を見つけてきては、
耕作できるように改良しました。山の斜面、川岸の未開こん地、道ばた、沼地
などがことごとく、豊かな実りや富を尊徳にもたらしました。
数年のうちにかなりの資産家となり、その模範的な倹約ぶりと勤勉ぶりとで
村中の人々から敬まれるようになります。
何事も自分の力で克服してきた尊徳が今度は、同様に克服しようとする人々を喜んで
手助けしていくことになります。

―――携わった公共事業全般―――
下野の国の荒廃していた三つの村を、信念によってうまく立て直し、その名声が
確固たるものになると、日本中の大名からの使いが絶えず尊徳を訪れてくるようになります。
晩年には幕府に登用されるほどで、国家への貢献は計り知れないものとなっていました。
尊徳の住んでいた小田原城下の広大な領地は多くの荒廃地が尊徳のたゆまぬ勤勉さと尽きることのない
「仁術」によって復興されました。
「きゅうりを植えたら、きゅうり以外のものを期待してはいけません。
植えたものしか収穫できないのです。」「誠意だけが禍を福に変えることができます。
駆け引きやはかりごとは役に立ちません。」
「人ひとりは宇宙では限りなくちっぽけな存在ですが、その誠意は天地を動かすことができるのです。」
「なすべきことは、その結果に関係なく、なさねばなりません。」
こうした戒めのことばで教えや救いを求めてやってきた多くのもがき苦しむ人々を救いました。」
本当に農民聖者と呼ばれる偉大な人物でした。


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